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平山社長のブログ【釣りばかり日誌】

天気がねェ~?

投稿日: | 最終更新日時: | カテゴリ:日記・エッセイ・コラム

随分と低気圧が発達したもんだ!
31日の土曜日はどの道仕事なので海の状況はどうでもよかったのですが
日曜日は海に行かなければなりません。(仕事かよ!)
土曜も夕方頃になってくると明日の天気予報が気になり、本日の各船宿の釣果状況も気になり出すんです。
でも今日のこの嵐じゃどこの釣船も出られなかったはずですが。
実は明日 船釣りの仲間から石花海のヤリイカに誘われており今の所行く事になってますが、天気は回復しますが北西の風が結構強く吹いて沖には行けないんじゃないかと思っておりますが、7時の天気予報でどうなる事やら。
という事で今回は釣りの話は無いと思いますので他のお話をしましょう。
(前置きが長くて・・・)
2週間ぐらい前だったか「たけしの誰でもピカソ」って番組だと思いましたが、
「ガロの解散秘話」みたいな予告がその前からやっていて、「こりゃ観たいな」と思っておりました。
少し前のブログで触れてはおいたのですが、高校生の頃フォークブームがありまして結構ハマっておりました。
フォークの神様「岡林信康」はだいぶ前にいなくなってましたが、同時にメッセージソング的なフォークはすでに影を潜めておりました。
加藤和彦、北山修の「あの素晴らしい愛をもう一度」よかったな~!
今でも大好きな歌です。
そんな頃 ちょっと泥臭い拓郎も脚光をあびてきて、彼の影響を受けた人も多かったですね。
そんな泥臭いと言うかギタギタした感じのフォークが多かった中において
「ガロ」は何ていうか洗練されていてスマートな演奏をしていたんです!
地球はメリーゴーランド・美しすぎて なんか良かったよな~。
それより当時はギターをかじっている身として注目してたのはメンバーの中の一人でトミーっていったかな?彼がもっていたギターがマーチンのD-45だと思いましたが物凄くいい音していて、買えないまでもせめて自分の手で鳴らしてみたい と
思いお茶の水の石橋楽器でしたか、わざわざ行きまして鍵がかかっているショーケースの中にあるあのD-45をいやがる店員に無理を云いジャラ~ンと弾いた
あの音色は今でも忘れません!
当時78万円だったと記憶しております。
また彼のギターテクニックもすばらしいものがあったんですが、アメリカで伝説の「ウッドストック」があってその模様が映画化されその中でクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングがやっていたチューニングがどうしてもマスターしたいと、当時はビデオもなかった時代ですからその映画を何度も見に行ってマスターした というのがオープンコードといって当時かなり斬新なことを彼はやっておりました。
そんな彼らの音楽は当時異質ではありましたが”知る人ぞ知る”って感じでよかったんですが、その後「学生街の喫茶店」が流行ってからは彼らの人気も知名度も
グ~ンと上がりましたが、僕らの中では「ガロも地に落ちたもんだ!」と嘆いたもんです。
だってあれは歌謡曲そのものだったからです!
フォークとかロックにこだわっている人間と云うか時代背景の時には許せない事でしたね。(歌謡曲のプロすぎやまこういち が作った曲じゃ~ね)
当時の拓郎やフォークやってる人達はテレビには絶対出ない!そんな風潮がありましたから。
話は前に返りまして結局その「誰でもピカソ」の中では”秘話”は聞けずメンバーの中の一人大野さん(当時はボーカルっていってた)の学生街の喫茶店と太田裕美ちゃんの変なコラボの番組でした。
長くなりましたが一体何が言いたかったんでしょうか?僕にも分りません。
今度はフォークについてもう少し掘り下げてお話しましょうね。(それほど業界的に
詳しい訳じゃないんだけど、当時どのような時代だったとかなんだけどね)
それではまた。

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